読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新・デジタリアンの散歩道

デジタリアンが取材したデジタルなニュースをお届けしています。

業界よりも古い業界紙

◆NHK大阪放送局が今年、開局90周年を迎えている。
 大阪・北浜の三越呉服店大阪支店の屋上から仮放送を開始したのが1925(大正14)年6月1日だった。それより早く同2月に社団法人大阪放送局(BK)が設立されており、5月にはラジオ第1の試験放送が始まっている。

 ラジオ放送の開始は取りも直さずラジオ(家電)業界発展の第一歩でもあった。以来、NHKは業界と歩調を合わせてラジオ聴取者の拡大や放送の受信向上に励むことになるからだ。

f:id:sozaki:20150604205342j:plain

ラジオ画報社(後の日本電気公論社)が発行した『ラジオ画報』


 家電(ラジオ)業界紙もまたラジオの発展とともに拡大してきた。
 来年、設立90周年を迎える日本電気公論社も例外ではない。家電業界が今のように形を整え発展する以前から、業界発展に貢献する新聞報道を数多く行ってきている。「業界より古い業界紙」と言っても過言ではないのはそのためである。

 長い業界の歴史をNHKとともに歩んできた業界新聞社のひとつが日本電気公論社なのである。その始まりは、大阪放送局開局の翌年の大正15年9月に創刊した『ラジオ画報』である。

 現在、日本電気公論社は家電業界紙『オール電気』を発行しているが、『ラジオ画報』はその先駆となった媒体である。ページ数など詳しいことは分かっていないが、業界紙というよりも画報の名前が示す通り、写真と記事でラジオ放送の内容を紹介するものだった。現在のテレビ番組情報誌や芸能雑誌に近かったようだ。

 1929(昭和4)年には大幅に内容を変更して、業界紙らしく紙名も「ラジオ公論」として再スタートしている。平成も27年になると、そのような新聞が存在したことすら知らない業界人もいるだろうが、古い業界人には馴染み深い名前ではある。

 昭和6年には『ラジオ公論』は、全国ラジオ商業組合連合会の機関紙の役割を果たすようになり、それを機会に今までの大阪を中心とした発行から、全国へ配布されるようになった。さらに東京を始め全国に支局を置いている。

 戦後、業界紙の雄として家電業界に君臨した電波新聞社の創業者、故平山秀雄氏は若き頃に日本電気公論社に籍を置いていたこともある。

 その『ラジオ公論』の創刊は昭和4年2月20日で、タブロイド版16頁、月刊であった。本社を大阪市西区西長堀南通4―7に置いていた。しばらくは『ラジオ畫報』の硬派な姉妹紙として発行されていた。

 日本電気公論社はこのようにして誕生して、来年90歳を迎えようとしている。